2014年01月19日

ウクライナのデモ運動の抗議者達が抑圧的な警察官に鏡を使う。弥勒菩薩ラエルは平和を主張




ウクライナのデモ抗議者達は、抑圧的な警察官達に鏡を使う手段に出ていきます。

Ukrainian Protesters Hold Up Mirrors to Police,
Forcing Them To "Reflect" On Their Oppression
ウクライナのデモ運動の参加者達は警察官の抑圧に
鏡に写る警察官の姿を見せつける





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デモに参加する人達が、皆が一斉に鏡をもち、彼等の前に立ちはだかる警察官達に向けています。

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この警察官たちは、黒い機動隊のような制服を着て、分厚いヘルメットをかぶり、まるで軍隊のように身構え、一般市民たちに恐怖感さえ感じさせてしまう。

恐怖を感じさせる制服と防護用装具を身にまとう警察官達の前で、抗議者達は鏡を持って横に並び、警察官達にその鏡を向け、そこに写る警察官自身の姿を警察官達に見せつけます。

その抗議者達が握りしめている鏡の中に写る自分の姿をみた警察官たちは、自分がしている愚かな行為を見せられて、躊躇しています。中にはその姿から目をそむける警察官もいます。それは、彼等警察官たちが市民に対してしている暴力行為を、客観的に外から見させて考えさせる機会を与えていることになります。

そして、鏡に写る自分の姿を見せつけられた彼等は、一体、何を思ったのでしょか?

その時に、もしかすると、彼等はこう思っていたのかも知れません・・・

─ 「一体、なんて事を私はここでしているのだろうか?!」

─ 「一体自分はどうして市民に向かって暴力的に圧力をかけ、彼等に恐怖心を与えているのだろうか?」

─ 「そして、そうすることで給料をもらっている自分は一体何者なのだろうか?」

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これほど、知性的な賢い抗議の仕方はないですよね?

これは、また非常に美しい詩のようにも見えます。

無防備の市民たちが、静かに鏡を手に持ち、暴力的・威圧的・抑圧的な警察官達に彼ら自身の姿を鏡に写してみせる・・・

市民は未だに警察官が市民を守るために税金を支払っていますが、警察官たちは市民の安全のために働くのではなく、権力者達の命令に従い、無防備な市民たちを暴力的に抑圧的に押さえつけ、市民たちに権力者に従わせようとしています。

一体、どちらが弱い人間でしょうか?

もちろん、権力者達の言いなりになり、弱者を痛めつける警察官達が弱い人間なのです。

このような市民の知性的な抗議の仕方は、権力者に従う者達に、彼等がしている愚かな姿を自覚させるに十分なものではないかと思います。

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遠く海を隔てた日本では・・・




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posted by フーモア at 23:18| 埼玉 ☔ | TrackBack(0) | 抗議デモ行進 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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